2009年2月20日

歴史

二人のティム

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こんにちは、COO室の曽根と申します。Tech Blogの執筆を担当させていただくことになりました。今後ともよろしくお願いいたします。

インターネットは技術革新と同時に人が作ってきた歴史でもあります。読者のみなさまにもっとインターネットへの興味を持っていただければと思い、今週から4回に分けて、インターネット歴史に大きな影響を与えた人物を紹介していく『二人の』シリーズをお届けします。

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第一回目の今回は『二人のティム』。ティム・バーナース=リー(1955年生まれ)とティム・オライリー(1954年生まれ)を紹介します。

一人目はティム・バーナース=リー(Sir Timothy John Berners-Lee)。Sir(サー)の称号を戴いていることから分かる通り、ロンドン生まれの英国人。大学で物理学を専攻後、欧州原子核研究機構にて情報共有のシステムを構築することをきっかけにWWW(World Wide Web)を考案。インターネット上でハイパーテキスト(要するにリンク)を使って文書間を行き来出きるようにした張本人。

WWWを考案したバーナース=リーはWWWの標準化団体であるWorld Wide Web Consortium(W3C)を設立し、TCP/IPを開発したビント・サーフ(Vint Cerf, 1943年生まれ)と並びインターネットの父と呼ばれ、現在ではインターネット界における最重要人物の一人となっている。

ハイパーテキスト(リンク)の概念はテッド・ネルソン(Theodor Holm Nelson, 1939年生まれ)らによって以前から提唱されていたとはいうものの、バーナース=リーがいなかったら現在のインターネットは、ほぼなかった、もしくは十年単位遅れていたと言っても過言でもないと思う。

インターネットといえば、すなわち米国の技術のように思えるところ、WWWの考案者であるティム・バーナース=リーが英国人であるというのは、ちょうどロックバンドのビートルズやローリングストーズが英国のハンドであるいうのと似ていてちょっと面白い。彼と直接話をしたことがある人によれば、とても早口らしい。

二人目はティム・オライリー(Tim O'Reilly)。自身の名前を付けた出版社を設立し、エンジニアにはあの独特な表紙デザインでおなじみの「オライリーの本」を出している会社の社長である。日本的に考えると完全に文系人間な彼だが、2005年に彼が提唱した"Web2.0"(ウェブ・ニーテンゼロ)は瞬く間に業界のキーワードとなった。

それまでのオライリー氏はミュージシャンズミュージシャン(業界人や玄人受けするプロ)のような存在だったったように思えるが、"Web2.0"の一言によって一気にインターネット界のスターダムにのし上った感がある。ここでもまたあえて音楽にたとえるなら「ホテルカルフォリニア」を出した後のイーグルス、「天国への階段」を出した後のレッド・ツェッペリンとでも言えようか。彼らはそれぞれの代表曲となる曲を完成させた結果、それまでの活動成果を大きく飛び越え、自身の存在を一気に高いものにしてしまった。同じことを"Web2.0"という言葉の作者となったオライリーにも感じることがあるのである。

バーナース=リーはブラウザ内で展開されるAJAX(エイジャックス, 非同期型通信)の地図(ウィンドウ内でグリグリ移動できる地図)を見て、驚いたという。WWW(言い換えるならばWeb1.0)の考案者であるバーナース=リーが想像していた範囲をWeb2.0との境界線とするならば、AJAXを使ったアプリケーションは間違いなくWeb2.0と呼べるのではないだろうかと思う。

次回は『二人のジム』をお届けします。

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