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テクノロジー

チームの協働関係を強化するスクラム活用方法

本記事は2022年11月に開催した「Tech-Verse 2022」で発表したセッションを要約したものです。アーカイブ動画を文末に掲載しています。質疑応答の様子も収録されていますのでぜひご覧ください。

こんにちは。アジャイルコーチの荒瀬中人です。

社内ではヤフー、関連会社、オフショア開発のアジャイル開発支援を担当しているのですが、その中で、複数の企業、国をまたいだ拠点横断のスクラム開発で一つの製品を作る機会が多くあります。それぞれの企業文化やその国のカルチャーの違いに触れながら、オンライン/オンサイトのハイブリッド型のスクラムや、大規模なアジャイル開発のサポートを行っています。

現在は、PayPayカードの会員サービス開発を、ヤフーとPayPayカード2社間の大規模スクラムで進めています。その様子はTech Blogにも寄稿していますのでご覧ください。
参考:ヤフーとPayPayカードが大規模スクラム合同実践 〜 若手スクラムマスターがやってみた

アジャイル開発の相談や依頼には「小さく速くリリースできるようになりたい」「進捗や課題を可視化したい」「市場の変化に適応したい」「次々変わる要求に柔軟に応えたい」「リリーススケジュールが決まっている案件をどうしても間に合わせたい」など、プロジェクトやプロダクトマネジメントの改善が多く寄せられます。しかし実際に支援をしていくと、もっと根深い課題に直面することがあります。

組織を横断すると、職種やコンポーネント単位でセクショナリズムが生まれ、会社の意思疎通やプロセスの連動がうまくいかない場合があります。そうなるとセクションごとに利益を求めるようになり、他責傾向になったり、組織間で非難し合ったり、他の組織の状況に無関心になったりしかねません。同じ目標を目指して1つのものを作るべきなのに組織間が分断してしまうのです。

このようなケースでは、スクラムなどのフレームワークだけを適用しても、なかなか解決しません。これらの課題をひも解いていくと、多くの場合はチームの関係性に起因しています。

私の経験上、チーム開発は関係性が非常に重要な要素だと考えます。では、どんな状態にあると関係性が良いチームと言えるのでしょうか。私の経験から4つの要素を紹介します。

1つ目は、「ダイレクトコミュニケーション」です。これは、相談したい人、質問したい人、そして回答できる人の三者間のコミュニケーションが素早く、頻繁に行われている状態を指します。チームメンバーの悩みによって開発フローが止まる事態が起こりにくくなるので、生産性にも良い影響を及ぼします。

2つ目は、「建設的な議論」が行われている状態です。全員が発言しやすい、議論しやすい雰囲気を形成しながら建設的に話し合うことで、非難、侮辱、無視、他責が起こりにくくなります。

3つ目は、「全体最適な意思決定」が行われている状態です。相手の置かれている状況、立場を考慮しながら話し合いを行うため、個人だけではなく組織全体がより良くなる意思決定が可能になります。

4つ目は「自律(自己組織化)」ができている状態です。困っている人を積極的に助けたり、チャレンジする人の背中を押したりする環境になることで、当事者意識が高まりコラボレーションが促進され、能動的な開発が実現します。

関係性の良いチームは、これら4つの特徴の実践を通じて、プロダクトの改善はもちろん、相互のサポート、コミュニケーションの活発化、チーム全員での意思決定など、チームにポジティブなフィードバックがもたらされます。

議論とフィードバックを繰り返し、良好な関係性を築く

良いチームを作るために参考となる事例を紹介するにあたり、スクラムについて少し紹介します。スクラム開発はアジャイル開発手法の1つで、コラボレーションや関係性が向上しやすいフレームワークでもあります。

例えばスクラムにおける「スプリント」では、時間を細かく区切り、その中で目標を立てることで、計画、デザイン、テスト、検査などをコラボレーションしながら進めていきます。意思決定、現状の課題の共有、相談、助け合い、ステークホルダーとの議論、改善などをチームで行うため、頻繁にメンバー同士でコミュニケーションをとる機会があります。

他にも「プロダクトインクリメント」というものもあります。スクラムチームは、プロダクトに必要な専門スキルを持ったメンバーが集まったクロスファンクショナルなフィーチャーチームで構成されます。それぞれの専門スキルを活かした成果物を統合し、1つの製品を作ります。それをスプリントごとに積み上げていくことで、より良いプロダクトを目指していきます。その結果、専門職がアウトプットしたものがどんどん引き継がれ、頻繁にハンドオフが発生します。

また、スクラムには「プロダクトオーナー」「スクラムマスター」「開発者」の3つの役割しかありません。この3つの役割だけでチームに必要な全てのことを進めていきます。そのためどの役割でもやっていい作業がたくさんでてくるので、ここでもコラボレーションが発生します。

このように、スクラムはチームが協働関係を築きやすく、コラボレーションを頻繁に行えるフレームワークです。私はこのフレームワークを活かして、チームの関係性を強化しています。

私がチームをサポートする際は、まずチームを観察し、先ほどの4つの特徴が現れてきたら、スプリントレトロスペクティブの場で、関係性について理解や興味を持ってもらうような勉強会を開きます。これによりチームが抱える課題の因果関係を突き止め、良好な関係性の構築を目指していきます。

勉強会では、ダニエル・キム氏が、結果の質を向上させるためには、まずは関係の質を向上することから始めるようと提唱した、「成功の循環モデル」を使って説明することも多いです。チームの関係性が良くないのに、起きた結果から行動だけを見直しても、あまり良い結果にはつながりません。関係性があまり良くない人同士は、お互いの接点がなるべく少なくなるように行動し、自分の責任範囲も明確にしがちです。一方、関係性が良いチームは積極的にメンバー同士が関わり、困ったことがあったらすぐ声をかけ、お互いすぐに助け合うため分断が起こりづらいのです。

こういった勉強会を通じて、関係の質を高めていくことをチームと合意し、Designed Team Alliance(DTA)に取り組みます。これはシステムコーチング®というアプローチ方法の1つです。

まずは、1日1回、チームメンバーが集まるデイリースクラムで、今日はどんな雰囲気で過ごしたいか、次のデイリースクラムまでどんな協働関係で過ごすかを話し合います。その際、本題から入るのではなく、今の気持ちを天気で表すとどんな感じかなどの雑談から入ります。次に「今の自分たちってどんな雰囲気?」と問いかけます。それをメンバー同士で声を出し合うことによって、全体の今に対する気づきにつなげていくのが狙いです。もちろん、全員が声を出す必要はなく、全体の感情を一致させる必要もありません。

そして各自がひととおり周りの感情を読み取った後に、本題の今日はどんな雰囲気で過ごしたいかについて話し合います。「井戸端会議みたいな雰囲気でいこう」「気合い入れていこう」などさまざまな意見が出ます。出た内容は付せん紙に書いて、チームがいつでも見えるところに貼っておきます。また、その雰囲気を醸成するために、お互いで任せられること、自分が行動できることについても話し合います。

こうして少しずつチームの雰囲気を醸成しながら、スクラムを実践しながら感じた違和感、ステークホルダーとの関係性の改善への希望、チーム関係者との関係の向上の希望について、チームメンバーの声や雰囲気を感じとったら、レトロスペクティブの場でConstellating the Systemというモデリングに取り組みます。

まず紙に大きな円を書いてもらい、この円の中に自分や関係者、起きた事柄などを自由に書きます。そして人と人、人と事柄のつながりを記していきます。その際、つながりが強いなら二重線を入れたり、普通の関係なら1本線、少し弱いと思ったら点線、対立していると感じたら斜線を引いたりと、関係性がひと目でわかるように書いてもらいます。

その後、お互い書いたものを見せ合い、気づいたことを話し合います。ひととおり共有したら、理想の関係図をみんなで書きます。ここで大事なのは、無理につながりを強めようとしないことです。短期的な理想のつながり、長期的な理想のつながりを分けて書くのも良いでしょう。

そして、なりたい関係性をイメージし、関係者や当事者になりきって特定のシチュエーションを想定して即興で演技します。いわゆるインプロヴィゼーションと呼ばれる手法です。その際、演技を観察する人も設定しておきます。

演技した後は、お互いどんなことに気づいたか、どんな感情だったかを話し合い、DTAを見直しアップデートします。そして、理想状態に向かうためにどんな雰囲気作りをするべきか、どんなチーム文化を築いていくかべきかについて議論します。

まとめると、デイリースクラムで少しずつチームの文化を醸成し、レトロスペクティブで目指したい姿の認識をそろえた後に、チームで文化醸成していくイメージです。

「秘密の自己」と「ゴースト」をひも解き内的役割の原因を探る

スクラムでは、協働作業を行う機会が多くあります。プロダクトオーナー、スクラムマスター、開発者と、役割は明確化していますが、役割にかかわらず誰でもやっていい作業は多いです。ただBacklogの整理や議事録の作成、会議のセッティングなど、本来誰がやっていいはずの作業を特定の人が担ってしまっている状況は多いです。これは内的役割とも呼ばれます。もちろん自ら進んで内的役割を担っているケースもあると思いますが、他にやる人がいないからなどネガティブな理由で担ってしまっているケースもあります。こういった内的役割にまつわる課題はサインとして表れてきます。

例えば、長期的に望まない内的役割を担わなければならないことからの「嫌悪感」。内的役割はチーム運営に欠かせないことなので、誰もやる人がいないと「混乱」も生じます。本来役割を果たすべき人が十分にこなせていなことでチーム内に不満が出てしまう「他責」も出てきます。また、チームが成長し変容していくことで、新たな役割が必要になることもあるでしょう。

こういったサインをキャッチしたら、役割を見直すチャンスです。まずは今までその内的役割を担ってくれたことに対しお互いに感謝します。感謝しあうことで、自分では気づけなかった内的役割の重要性に気づけることもあります。

その後、その内的役割をひも解いていきます。そのためにまずは会社、職場、同僚の前では見せない、実はおおらかである、几帳面であるなどの「秘密の自己」を開示していきます。

次に、その内的役割に影響を与えている要因を明らかにします。この要因を「ゴースト」と呼びます。例えば、新人だからやっている、過去こういう失敗体験があったからやっている、あるいは上司の期待、社長の一言など、内的役割に影響するゴーストを明らかにしていきます。

このように、秘密の自己とゴーストを明らかにして、内的役割を担うことになった背景を探求し、役割を継続するのか、他の人が担うのか、あるいは役割をなくしていくのかを整理していきます。

一部ではありますが、ここまでが関係性の強化のために取り組んだ事例です。このようにチームの関係性を強化するための取り組みを継続的に行うことで、チームの協働関係を強化し、いい状態を作る手助けをしています。

大事にしている4つのポイント

ここからは私が大事にしている4つの項目をご紹介します。ここまで紹介した内容を読んで、自分たちもやってみようと思った方にもぜひ大事にしてほしいことです。

1つ目は、関係性は一度の勉強会やイベントで強化されるわけではないということです。デイリースクラムやレトロスペクティブの場の冒頭に時間を使うなど、継続的に取り組んでいくことが重要です。

2つ目は、自分自身の感情、相手の感情、全体の感情を大切することです。自分自身が望んでいないのに、今回紹介したような取り組みを行う必要はありません。自分自身の感情を大切にすると同時に、相手が何を望んでいるか、どんなサポートを必要としているか、チーム全体の感情はどうなっているのかを読み取っていくことが重要です。

私の場合、誰かが対話している時にそれを見ている人がいたら、対話している2人の雰囲気、それを見ている人の雰囲気をじっくり観察します。さらに、範囲を広げてチーム全体、関係者全体の雰囲気を自分なりに探究して認知します。

3つ目は対話の構造化です。私はアーノルド・ミンデル氏が提唱した「3つの現実レベル」を活用しています。「Sentient・essence Level」「Dreaming Level」「Consensus Reality Level」と分類しており、1つ目のSentient・essence Levelは、言葉にならない感覚、いわゆるひらめきなどです。2つ目のDreaming Levelは、喜怒哀楽をはじめとする感情レベルです。3つ目のConsensus Reality Levelは、アクションや執務執行、計画といった合理的現実レベルを指します。

人は大体Dreaming Levelで意思決定するため、私は感情を大事にしています。

議論する際に、一方は感情で話しているのに、もう一方が合理的現実レベルで話していては、いつまでたっても話がかみ合いません。レベルを合わせる必要があります。相手が今どのレベルで話しているのかをまず理解することが重要です。

4つ目は、いろいろなメタスキルを駆使することです。全体をなるべく俯瞰して、1つの側面だけを見て判断しないよう心がけています。ありとあらゆる意見、ネガティブな意見を尊重することも必要です。関わった人たちに好奇心を持って接します。関係者と一緒に楽しく仕事するために、遊び心を発揮します。そして忘れてはならないのは本気です。案件に関わる以上、クライアントの課題が解決するまで本気で取り組んでいます。

今回は、実践している取り組みの一部を紹介しました。チーム開発は人と人の関係性がより良い状態であれば、必ずうまくと確信しています。今回紹介した取り組みが、少しでも皆さんのチームの関係性改善、強化につながれば幸いです。

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荒瀬 中人
アジャイルコーチ
ヤフーやZグループのアジャイル開発サポートを担当。

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